2015年06月12日

裁判に正義は無い9−裁判のお約束


ここ数日、北海道4人死亡事故が注目を集めています。
ひどい事故ですが、いずれ真相が明らかになり、刑事事件として裁かれるのだろうと思いますが、この事件を見ていて「刑事事件」も「民事事件」も同じだなあ〜と思ったので今日は再び「裁判に正義は無い」というテーマで話を進めます。

■同じだなぁ〜1・・相手は、ウソ、誤魔化しが常套句。
 誰でも「助かりたい」と思うのは人情で仕方ないのですが、刑事事件の被告は少しでも罪を軽くしたい。民事事件の相手は、少しでも支払う損害額を少なくさせたい。
そのため、あらん限りのウソ、誤魔化しを裁判で主張してくることがよくあります。
これは、刑事事件でも民事事件でも全く同じです。

■同じだなぁ〜2・・8掛けの判決相場
14-0704.jpg今回の事故は「危険運転致死傷」の容疑ですが、この刑法が改正されたきっかけは、1999年東名高速道路で,飲酒運転の大型車に追突された乗用車に乗っていた幼い3人(?)の子どもさんが犠牲になった事故を契機に創設されたものですが、その刑事裁判では懲役5年の求刑(当時は最大5年だった)に対して4年の判決が下され、これ以外の多くの判決が求刑より低く判決されています。

民事でおこなわれる損害賠償事件も同じですが、訴えた側の損害額がそのまま認められるケースはほとんど無く、このテーマの最初に書いたように請求額の8〜7割程度の判決なり、和解額となってしまっているのが現実です。

■それが裁判のお約束・・。
その徒労感が、6月2日のブログで書いた、ある弁護士の「「何年も公判を続けた挙げ句、木で鼻をくくったような有罪判決に脱力した経験は、多くの弁護士が共有しているだろう。あの不毛な世界に後戻りすることは、やはりぞっとしない。」と言う言葉になっているのでしょう。

わたしも民事裁判を20件以上も関わっていると、徒労感の方が充実感よりも遙かに多く感じてしまうのです。その理由の大きな原因は上の2つなのかもしれません。

「自分が悪かったです・・」そういう相手はほとんど見たことないですね〜!!
「あんたの苦労はよくわかる。損害額は満額回答が当然だ〜」そんな裁判官みたことないなぁ〜!!


以上、どうでも良いお話でした。
次回は「傾きの話」に戻ります。

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2015年06月02日

裁判に正義は無い8−スルーの術


裁判というのは、書類によるケンカ、言い争い』です。そして
裁判官は、どちらの言い分が正しいのかをジャッジする仕事』と考えるのが一番わかりやすいですね。

こんな事がありました。
15-0602.jpgとある倉庫が不同沈下をしたと訴えられました。
傾斜角はせいぜい3/1000です。
住宅なら、不同沈下の部類にも入りませんし、復旧の必要もありません。
しかし、相手はある法律の規定を持ち出して「不同沈下だから直せ」と主張しました。
こちらは「住宅ですら、この程度の傾きで復旧などしない」と反論しました。

そのような押し問答が延々と続いた裁判。
判決は、相手の言い分を全面的に採用して相手の勝訴となっていました。
そして、判決文では、こちらの主張はほとんど一行も書かれず、相手の主張が正しいという判断だけが書き連ねられていました。


簡単に言うと、言ったことを無視する判決、聞かなかったことにした判決でも言うのでしょうか。

実は裁判って、裁判官にとって、言及したくないことは案外スルーしてしまうのです。
その典型が前回ご紹介した「憲法判断に踏み込まず」というニュースのタイトルに書かれるような事が起こるんですね。
訴えた側は「憲法判断を望んで提訴したのに・・」ですが、
裁判官は「言いたくないから言わない・・」でしょうか。



これが民間会社、行政、立法府にせよ、疑問点は後で質問する、議会で質問する、公開質問状を送る、記者が取材をする等々、いろんな疑問解消の機会が考えられるのですが、判決だけは質問も疑問も受け付けていません。

判決は書きっぱなしで、質問は一切受け付けない
裁判官は黙して判決を語らず・・なんてかっこいい言葉とは裏腹に、裁判所って案外アンフェアーなところでもあるのです。


全くシチュエーションは違うのですが、ある弁護士がこんな言葉を書いています。
何年も公判を続けた挙げ句、木で鼻をくくったような有罪判決に脱力した経験は、多くの弁護士が共有しているだろう。あの不毛な世界に後戻りすることは、やはりぞっとしない。」
たぶん、犯罪を犯した人のそうせざるを得なかった背景を説明しても、木で鼻をくくったような相場観でしか判決を下さない裁判官の事を言っているのでしょう。
裁判員裁判に参加して」より引用

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2015年05月29日

裁判に正義は無い7−スルーの術


2つほど別な記事を書きましたが、「裁判に正義は無い」に戻ります。
といっても、前回の「なにもしない課」の話も、今日のテーマも実は全く同じ術を使っています。

それは「スルーの術
スルーとは、見て見ぬふりとか、無視する、聞き流すといつた時に使われますが、

■何もしない課の話では、川崎市の建築指導課が簡易宿泊所の定期報告をスルーしていました。
定期報告をする施設に含めないのですから、違法だ、適法だ、是正だ何だと騒ぐ必要が無い。
無かったことにする。見なければ問題は生じない。火の粉をかぶる必要も無い。
これが行政で時々使われる「スルーの術」です。

■裁判官のスルーテクニック
これは控訴審sなる高裁で多いのですが、判決文でしか現れません。
裁判官のスルーテクニックは、こちらが主張したことを「信用できない」といった簡単な言葉で主張を採用しない。あるいは判決文そのものにも書かない。いわば主張そのものを、あたかも聞かなかったように判決を作ってしまうテクニックのことです。
こう書いても裁判を経験したことの無い人にとってはチンプンカンプンだろうと思いますが、このテクニックを使われると「何もしないい課」の話のように、ニュースで叩かれるとか、市議会で説明を求められると言った後でも説明を求められる行政の立場と全く異なり、裁判官は判決の説明をする義務が全く無いので、判決を書きっぱなしで放り出せるというものすごく無責任な事が出来る究極のテクニックなのです。

15-0529.gif


日頃のニュースの中で非常にわかりやすい例は、たとえば「違憲かどうか」で争っていた。あるいは違憲であると争っていたのに、「違憲かどうかの判断をしなかった」という判決ニュースが流れることがありますが、これも裁判官が自分が書きたくないことをスルーする、物事の本質から逃げる一つの象徴的な例ですね。

住宅紛争ではどんなことがあるのか、具体的な例は次回ご紹介します。



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2015年05月19日

裁判に正義は無い6−逆転勝訴〜そんなかっこいいもん無い!無い!


テレビを見ていると時々裁判所の前で「逆転勝訴」なんて垂れ幕をかざしながら裁判所の門前に躍り出てくる様子が映し出されていることがあります。
日本は三審制ですから・・といっても最高裁は実質的に別物ですが、いずれにしても地裁でこちらの言い分がわかってもらえなかったら、控訴する。つまり、高裁に訴えることができます。

15-0519.gif私も建築主が勝ったケースで相手から控訴されたのが2件と、建築主が判決にが納得出来なかったので控訴した事例が3件あります。
一つの例外を除いては全て地裁判決に準じた判決となっています。
そして、前回も書きましたが、地裁判決に倣ったものの「せっかく控訴したんだから!!」と
たとえば、業者側が控訴すると、少し損害額が減らされます。
「まぁ、地裁の判決に不満なら、少しまけてやるよ」という感じです。
反対に、建築主が控訴すると、少し損害額が増やされます。
「まぁ、地裁の判決が不満なら、少し上げてやるよ」という形ですね。

■逆転勝訴など、ほぼ不可能
私が高裁で関わった上の3件(建築主が判決に不満で控訴)はいずれも地裁では私が関与せず負けてしまったために「堀さん。どうにかなりませんか」といわれて高裁から参加したケースです。
負けた要因は、地裁で関与した弁護士や建築士の主張の方法が非常に幼稚だったために、裁判官に十分に主張を説明できなかった、その部分の補強を依頼されて高裁からお願いしたい・・となったものです。

言い換えると負ける要素は無かったのに、説明が悪かったために裁判官iその言い分をキチンと受け止めてもらえず、業者有利(相手側の主張の方がもっともだ)という判定で負けてしまった・・という状況です。

そうすると、こちらは「改めて」いかに法令に照らして今の工事はダメなのか、と言ったことを主張していくのですが、いくらこちらの主張をわかりやすく法令に基づく根拠を交えて説明しても、最終的に下されたどの判決も地裁判決を踏襲しただけのものでした。
そして、せっかく控訴したんだから負担(損害賠償)を少し安くしてあげるね・・的な判決です。

この3つのケースを通じて感じたことは、
1.地裁でがんばらない限り、高裁で逆転すると言うことは、現実の世界ではほとんどあり得ない
  逆転勝訴〜そんなかっこいいもん無い!無い!
2.高裁の裁判官は地裁の判決を「正しいもの」という前提で見ている感じが強くする
  あるいは、控訴審での新たな言い分は、ほとんど聞いてもらえないと感じています。
  注:意図的に避ける雰囲気


■どうしてそう簡単に逆転勝訴など出ないのか
まぁ穿った見方をすれば、双方が十分に言い合いをしていれば良いのに、片方が言い合いに負けたからと言って、後出しジャンケンのように違う言い分を持ち出すなよ。それなら最初(地裁段階)に言っておけよ。
そうしないと、地裁と高裁で逆転劇ばかり続くじゃないか。
それは司法の信用失墜につながる。だから、最初の地裁判決がそもそも正しいのだ。>


とでも考えているかのようです。

だから地裁で負ければ、控訴審でよほどがんばっても「やっぱり負ける」


なぜそう感じたか?
それは、判決文特有の言い回しにあります。

次回は『裁判官のスルーテクニック』というお話です。
このスルーテクニック、裁判官にとって実に便利なテクニックなのですが、このテクニックを使われると訴える方はどうすることも出来ません。そしてこのテクニックは判決文というものの中でしか使われることがありません。
端的に言うといささか卑怯なテクニックなのですが、さて、その卑怯なテクニックとは・・・。



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2015年05月15日

裁判に正義は無い5−勝って7掛、示談的判決


そろそろ実際の裁判の結果というものをご紹介していきましょう。
建築主が欠陥工事をされ、相手が直さないので裁判を起こした。
あるいはそういう状態だから残金を支払わないでいると、代金を支払えと相手から訴えられた。

こういう場合、こちらに落ち度が無く、仮に100%言い分が正しいとして、裁判ではどういう判決になるのでしょうか・・・!!

15-0515.gif


だいたいこんなもんですね!
もちろん裁判をするためには弁護士費用や建築士による調査報告書といったものが不可欠になりますが、上の数値は、これらの費用を差し引いた金額です。
つまり、実際に直す費用を判決または和解案で、どの程度に裁判所は提示されるのかというと、実際にかかる費用の6〜7割程度しか考えてくれません。

低いですね・・。
だいたい、ほぼ満額回答・・なんて見たことがありません。
そして、この程度に低くても、これまでの長い裁判や、相手側の執拗な反論を聞いていると、「もう、どうでも良くなってくる」という気持ちになっている方も多いと思いますし、「早く決着して、このことは忘れたい」と思っても不思議ではありません。

そして、どちらかが高裁に控訴すると、
たとえば、業者側が控訴すると、少し損害額が減らされます。
「まぁ、地裁の判決に不満なら、少しまけてやるよ」とでも言っているようです。
反対に、建築主が控訴すると、少し損害額が増やされます。
「まぁ、地裁の判決が不満なら、少し上げてやるよ」とでも言っているようです。

もっもと全てが全てこうではありませんが、地裁も控訴審もほどほどで手を打たせる、いわば「示談的判決」が多いような気がします。

だから、少なくとも裁判で、この工事はおかしいと言った自分の主張(言い分)は認められても、直すのにこれだけかかると言う金銭的主張(言い分)が100%認められることなんてことは、とてもとても期待しないことです。

だって、どちらかの言い分を100%認めてしまえば、相手側は確実に控訴します。
控訴されるということは、裁判官からすれば、最高裁の人事評価にマイナスに響きます。
たから、どちらにも「まぁまぁ。仕方ないか」という線を踏んで示談的判決または示談的和解案を提示するのだろうと思います。


だから、未だかって、スパッと切れ味の良い判決や裁判指揮など見たことがありません。
裁判官と言えば、まったくポーカーフェスイスで自分の意志など決して表に表さない職業ですから・・。

裁判に正義は無い。勝って7掛、示談的判決と覚悟すべし!!

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2015年05月07日

裁判に正義は無い−4 なり手を選ぶ裁判官


昨日の産経新聞に弁護士から裁判官になる人の数が一桁台だ・・という記事が載っていました。
裁判官は司法試験に合格して、司法修習生の時に裁判官、検事、弁護士という3つのコースを選ばなくても、後で弁護士から転職することも可能なようです。
でも、過去平成16年度〜平成26年度の11年間で弁護士から裁判官になった人は、わずかに63人。実質1年に数人しかなれないようです。昨年度はたったの4人。

というよりも、最高裁の諮問機関が申請者の4割を「不適」としていたとかかれています。
つまりは、最高裁のお眼鏡にかなう人物では無かったのでしょうか・・とうがった見方もしてしまいます。
そんな人数では、そもそも民間で活躍してきた弁護士を積極的に入れて、裁判所に新しい風を入れよう、なんて不可能です。最高裁が「なり手を選んでいる」んですから。

最高裁は、人事で裁判官を掌握している(そう)で、最高裁ににらまれると栄達も出世も無い(そうです)

そうすると、そこからなかなか自由な発想や裁判などなかなか起こりようがありませんね。
事件の背景にある事情など無視して、最高裁の意向の沿った要件事実のみで裁くドライな判決になりがちです。

これは瑕疵に該当する要件なのか?
ちゃんと立証しているのか?
他の事例と比較して要件は揃っているのか?
他の事例では、このようなケースではどういう判決をしているのか?
事情・・そんなものは刺身のつまだ!

実は、非常に多くの方が、事情を説明すれば裁判官はわかってもらえるはずだ・・と思っている方が多いのですが、これは間違いです。

一番多いのは、言った言っていないの争いですね。
ご本人は、相手に対して直接言ったり、聞いたりしているので間違いない、自分は正しいと思っている。相手もそう返事をした。私が直接聞いている。
でも、「言った言っていないは証拠が無いとダメだよ」と説明するものの、「こういう経緯だからわかってくれるだろう」・・と思ってしまう方も割合多いです。
大岡裁きのイメージが強すぎるのでしょうか?
でも、そんな裁判官など一人もいませんね。現実は・・。

次回は一度お目にかかった現代感覚を持った良い感じの裁判官の話をしてみましょう。
楽しい「落ち」が付いていますよ。


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2015年05月01日

裁判に正義は無い−3 頭が良すぎるのも・・・


高浜原発の仮処分をくだした福井地裁の裁判官は、「偏向裁判官だ」と最初の問題提起の時に書きました。
勢い余って、そう書いたのですが、たぶん偏向していないと思います。
そもそも「偏向とは、一般の指向と異なる偏った考え方」という意味だろうと思います。
でも、この裁判官は決して偏ってはいません。

ではどうしてそう考えるのか。
それは、裁判官特有の、あまりに頭が良すぎるゆえの思考の産物なのだろうと思っています。

その思考とは・・
絶対に、絶対に原発の近くで大地震が起こらない保証はどこにも無い。そう考えれば今の審査基準はどうしようもなく緩い。だから原発が絶対に事故に遭遇しない保証は無い。つまり、危険というリスクはわずかであれ取り去ることは出来ない。ならば差し止めしか結論は無い。

まぁ〜、そう考えたかどうかは別として・・。

頭が良すぎる人によくある傾向として、「自分の考えは絶対に正しい」と思い込む人が割と多いです。この人もその部類だろうと思います。

エリートであるがゆえの。頭がすごく良いがゆえに、自分が下した判断は絶対に正しいと思い込んでしまうのです。
以前のブログに、ある裁判官が「審査機関が間違いをするはずがない」という世間知らずな考えを裁判に同席していた建築主に吐露した話を書いたことがありますが、それに似た思考回路なのだろうと思います。
自分の判断が間違っているはずが無い!!

間違っているはずが無い!!

間違っているはずが無い!!


人の話を聞かない、頑固なという偏屈さなのでは無く、「自分は正しい」という強烈な思い込みです。
間違っていないと思ってしまえば、人の話など聞きませんね!

全ての判決にそのような思い込みが出ているとは思いませんが、ある特定の思考にはそういもうのが色濃く出てくるのだろうと思っています。

だから、偏向しているのでは無い。それしか無い。自分の判断は絶対である。自分は絶対に間違った判断は下していない・・・いわばうぬぼれですが!!
いや??これがいわゆる偏向」なのでしょうか??
よくわかりませんが、いずれにしてもそんな思考回路による判決なのだろうと思います。

でも多いんです。
大手ハウスメーカーが間違ったことなどするはずがない。
大学教授の説明は正しいのだ!!
等々、今回の話とは少し異なりますが、「権威」を無条件に受け入れる裁判官も非常に多いです。
権威ある裁判官は、結局無条件で権威にひれ伏すのです。

そのような話も続けてみたいと思います。

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2015年04月24日

裁判に正義はあるのか−2、裁判官では無く司法官僚と思え!


前回、高浜原発の差し止め判決はおかしな判決だ。おかしな裁判官だ、という話をしました。
もちろん、これは私の主観ですが、その中で裁判官の忌避が2回(地裁と高裁)も棄却されたことも紹介しました。

ちょうど、そのあと、今度は鹿島県の川内原発は「審査基準に問題は無い」として差し止めを棄却する全く逆の判断が示されています。こちらは1年程度の審査を経て判決が出たようです。

■仮にもしあなたが・・・・
工事に不具合があるから残金の支払いを止めていた。
そうこうしているうち業者から代金を払えと裁判に訴えられた。
あなたは、「これこれの理由で支払っていないのだ」と説明しようとしたら、たった2回の審理で結審を迎えた。相手は十分に準備をして裁判に訴えたのに、こちらは訴えられてから日が浅く、十分な主張をしていない。

こんなケースだったら、たった2回で急ぐように結審をした裁判官をあなたはどう感じます。そして、「こんな裁判官ではまっとうな審査はしてもらえない。言いたいことあるのに途中で打ち切られた」と思い、裁判所を敵に回すつもりか、と勘ぐられるほど危険な手続きである「裁判官忌避」を申請しても2回とも棄却される。

そして、業者の言い分を鵜呑みにした判決が出たらあなたはどう感じますか。


わたしが高浜原発で「おかしい」と感じたのはこのことなのです。

15-0424.gifタイトルに「裁判官では無く、司法官僚」と言う言葉を使っています。
その意味は・・。
裁判官は、国家資格の中でも超難関の司法試験を通った人たちです。
次に裁判官になるのは、その中でも、成績が良く、従順である人に目をつける(そうです)。
言い換えると、裁判官は「裁判官にならないですか」と国から声をかけられない限り、裁判官になることは出来ません。つまり、裁判官は国が選別した人たちなのです。司法試験を通っても誰でも裁判官になりたいと手を上げてもなれるわけではありません。

そして、そういう従順な人は、極めて素直に判例や前例を踏襲するそうです。
頭が最高に良くって、素直に前例に従う人。
それが裁判官だとしたら・・・・・!!


そう考えると、裁判官の棄却要件(裁判官を棄却してよい要件)に「審理回数があまりに短いから」という前例なり、判決が無ければ、それは裁判官を忌避できる要件にはならないい・・と判断され、「棄却」となります。

前回はし、「身内かわいさ」という言葉を使いましたが、もちろん、それもあるでしょうが、実際は前例がない、そういう判決がないことから、「認めない=棄却」になったのだろうと推測しています。

これは、「霞ヶ関の官僚が前例や先輩の足跡を頑なに、無難に踏襲する姿勢」と全く同じです。官僚が出世コースに乗るには、その世界から浮くと外されますからね。

そうすると、裁判官と思うより、司法官僚なのだ・・と思うと、実はこれから話すいろいろなことの説明が付いてきます。そんな話が続きます。

■まとめ
・裁判官は司法試験の成績上位者。かつ、従順な人を選んで選別される(そうです)
・裁判官は、素直なので前例の踏襲、先輩の足跡の踏襲が大好き
・だから、前例のないものは棄却(その意見は採用しない)
・つまり、裁判官忌避の棄却は、前例がないので棄却された


では、どうして高発厳罰の差し止めは認められたのか。それは裁判官=司法官僚の意識を分析すると「官僚共通の何か」が見えてきますよ。決して私が書いた「偏向裁判官なのではありません」その理由とは・・。



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